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特許発明を一部分で実施し他部分では実施しないイ号についての侵害判断 [国内法・国内判例など(JP:特許)]


東京地裁昭和51.2.16(判例タイムス341号282頁、「パチンコ球流通樋事件」)

・「パチンコ球流通樋の内側断面を角形としたこと」を構成要件の1つとする実用新案権に関し、考案の詳細な説明として、「従来のパチンコ球計数器はパチンコ球の流れる樋の内側断面が円形であったため、樋の内側とパチンコ球の接触面が増加し、流れの抵抗が大きくなり、計数能率が低下する。本件考案によれば、パチンコ球と樋の内側との接触部が少なくなり能率的に計数することができる」と記載されていた事案。

・「・・・明細書中に流通樋の一部を角形以外とした構成は全く示されていないことからすれば、本件考案はパチンコ球の流通樋の全長にわたってその内側を角形にすることを所期の目的達成のためのため必要な構成としているものと解するのが相当である。一方被告製品においては、パチンコ球の流通樋の一部にその断面が角形でない部分があるから、被告製品は本件考案の構成要件の1つを充足しない。」と判示された。

・特許法概説(吉藤)においても分析されている事案である。


【私見】

・本事案は、特許明細書中の作用効果の記載が参酌され、権利範囲が狭く解釈された事案として議論されることが多い。

・特許明細書中のクレーム以外の記載にもう少し配慮をしていれば(例えば追加実施例として、流通樋の一部にその断面が角形でない部分がある実施例を記載しておけば)、被告製品を侵害とすることができたであろう。

・ベストモードを実施例として明細書に記載することは勿論大事であるが、広いクレームをサポートするための、より効果レベルの低い実施例や尚書きを記載しておかなければ、特許の価値は著しく低くなる可能性がある(本事案の権利も、侵害回避が極めて容易であり、権利が有名無実化している)。

・逆に、特許権を回避する側(非侵害を主張する側)は、装置の一部においてだけでの発明の実施により、非侵害を主張できないかを検討する余地がある。一部においてだけでの発明の実施には、本件のような「構成的な一部分」のみならず、「時間的な一部分」なども検討の余地がある。


椿特許事務所
弁理士TY

明細書中の「尚書き」(変形例)によりクレーム解釈が広げられた事例 [国内法・国内判例など(JP:特許)]

明細書中の「尚書き」(変形例)によりクレーム解釈が広げられた事例

平成23年01月31日  知的財産高等裁判所  特許権侵害差止等請求控訴事件
平成22(ネ)10031

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【争点】

被告製品のシンクが,構成要件C1「(前記)後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」を充足するか否か


【裁判所判断】

上記記載によれば,構成要件C1の「・・・後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」は,従来技術においては,前後の壁面の上部に上側段部が,深さ方向の中程に中側段部が形成されている流し台のシンクでは,上側段部と中側段部のそれぞれに,上側あるいは中側専用の調理プレートを各別に用意しなければならないという課題があったのに対して,同課題を解決するため,後方側の壁面について,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とをほぼ同一の長さに形成して,それら上側段部と中側段部とに,選択的に同一のプレートを掛け渡すことができることを図ったものである。

ところで,上記記載における「発明の実施形態」では,後方側の壁面は,上側段部から中側段部に至るすべてが,奧方に向かって延びる傾斜面であり,垂直部は存在するわけではない。

しかし,本件明細書中には,「本発明は,上述した実施の形態に限定されるわけではなく,その他種々の変更が可能である。・・・また,シンク8gの後方側の壁面8iは,上側段部8fと中側段部8nとの間が,第2の段部8bを経由して,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる上部傾斜面8pとなっていなくとも,上側段部8fと中側段部8nとに同一のプレートが掛け渡すことができるよう,奥方に延びるように形成されているものであればよく,その形状は任意である。」と記載されていることを考慮するならば,後方側の壁面の形状は,上側段部と中側段部との間において,下方に向かうにつれて奥方に向かってのびる傾斜面を用いることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にすることができるものであれば足りるというべきである。

そうすると,構成要件C1の「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」とは,後方側の壁面の形状について,上側段部と中側段部との間のすべての面が例外なく,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面で構成されている必要はなく,上側段部と中側段部との間の壁面の一部について,下方に向かうにつれて奥行き方向に傾斜する斜面とすることによって,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易に同一にするものを含むと解するのが相当である。


【メモ】

特許発明の解決課題および効果がイ号製品と同じであるか、ならびに明細書中の所謂「尚書き」により構成要件C1を広めに解釈。

なお原審(東京地方裁判所 平成21年(ワ)第5610号)では、特許法第70条第2項を根拠とするクレーム用語の限定解釈、および補正により構成C1が限定されたことで特許がなされたことから、構成要件C1を狭く解釈した。


【明細書作成実務の指針】

(1)発明について、広めの課題-作用-効果を記載することの重要性
(2)クレーム文言に対応する構成については、実施例として様々な変形例、尚書きを記載すること
(3)クレーム文言の選択の重要性(出願時・補正クレーム作成時)


椿特許事務所
弁理士TY

侵害訴訟で(明細書が主な原因として)特許権者が敗訴する類型 [国内法・国内判例など(JP:特許)]

侵害訴訟で(明細書が主な原因として)特許権者が敗訴する類型
(日本・外国共通)

セミナーでの話題のため、特許侵害訴訟の過去の判例(日本・外国)を見直し、「特許明細書」が敗訴の原因とされたものを類型化してみました(日本・外国共通)。
中間処理での禁反言、IDSの提出ミス、不誠実な行為など、明細書以外に原因があるものを除きます。

類型(1)~(3)が敗訴の原因となることが多いものと思います。類型(1)~(3)に関しては、よい明細書作成の基本中の基本でもあると思います。

[類型]

(1)発明の上位概念化(発明思想の根本を捉える作業)の不足(→侵害論で文言非侵害)

(2)クレーム中に不要な記載がある(→侵害論に影響)

(3)クレームを上位概念化しているが、広さをサポートする実施例が不足(機能手段クレームなど。→侵害論でのクレーム限定解釈、無効論での記載不備、先行技術によって容易に無効に(訂正不可能))

(4)侵害立証が困難(→侵害論に影響)

(5)クレームの記載が不明瞭・誤記がある(→侵害論でのクレーム限定解釈、無効論での記載不備に)

(6)他のカテゴリのクレーム(プログラムなど)、部品クレームなどが不足(→侵害論で文言非侵害、間接侵害非成立)

(7)未来の技術革新への考慮不足(→侵害論に影響)

(8)実施例(目的、クレーム構成要素の説明、効果)中に、クレーム文言を狭める記載がある


なお一般に、特許に関する争いが裁判の判決によって決着されることは少なく、判例は、数多い特許紛争の中の氷山の一角にすぎません。この点を見失って、判例に振り回されるのもよくないと思います。

椿特許事務所
弁理士TY

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